日本国内におけるプロゲーマーのライセンス制度について

日本国内におけるプロゲーマーのライセンス制度について
この文章はプロゲーマーとしての自分及びパートナーであるチョコに対して普段から叱咤激励を頂いている皆様。家族のように応援していただいているファンの方々に向けた自分なりの考えです。
自分が昔からなんとなく群れるのが苦手ということもあるのですが、本件に関しても「近しいプロゲーマー同士で話し合い、足並みをそろえて」ですとか「周囲と歩調を合わせて」ということは一切考えておりません。それよりも「自分の意見を先に表明する」ことこそが、皆様に対して一番誠実かつ、今、プロゲーマーである自分に必要なアクションなのではないかと考えました。
ですのでこれから書くことは自分自身の主観であり、自分と普段から関わっているあらゆる方々、ゲーマーの皆さん、コミュニティの皆さんの意見を反映・代表するものではありません。 この機会に今の自分の考えや、今回の制度のお話について思っていることをキチンと皆様にお伝えしようということで、プロゲーマーとして、また忍ism代表としての「ももち」の意見として書かせていただきます。
― 自分の意見 ―
まず、自分自身はライセンス制度というお話が出た事について、全てを否定をするつもりはありません。
もともとは自分たち自身が「プロゲーマーとは?」という定義の部分で苦しんだ経験もありますので、良い方向でプロゲーマーの定義の議論が進んだり、定義が明確になることについては自分も望んでいるところです。しかし幾つか気になった点があります。それは、
「なぜ新設される予定の特定の団体に“プロを定義”する資格があるのか」
ということです。今までその定義を自分たちなりに模索してきて、今現在も現在進行形で探し続けている自分からすると「あなたたちは誰ですか。ゲームが好きな方々なんですか。」という思いが生まれてしまいます。
ここで皆さんにも考えていただきたいのは日本における「プロゲーマー」の価値を築き、高めてきた人々はいったい誰なのか、ということです。
日本における「ゲーム」というのは全国各地に点在するコミュニティ主導で盛り上がってきました。そのコミュニティに後押しされ、プロゲーマーとして自分たちも活動をさせてもらってきたわけですが、自分達がプロとしての価値を高めてこれたのも「コミュニティ」や「プレイヤーの皆さん」の力が大きいと思っています。
であるならば、この日本における「プロゲーマー」の価値を作ってきてくれた一人一人が把握していない、知らないところのどこかの会議室で「ライセンス制度」の話が決まり、一方的にコミュニティや各タイトルのゲーマーに告知されるというのは、決して誠実ではないですし、ゲームやそこにいる人たちに対する愛を感じることが難しいやり方だと思います。
― ライセンスは誰のためのものか ―
この点についても皆さんに考えていただきたいと思います。自分自身はこういった取り組みそのものをビジネスとしてやることについては、決して悪いことではないと思っています。なぜならばビジネスにならないものは「いつかなくなってしまうかもしれない」と思うからです。 コミュニティ主導のゲームイベントも、日本はプレイヤー主導で本業を持つ方々がボランティア的に行ってきた経緯があります。結果、コミュニティもタイトルも盛り上がりましたが、未だイベントを主催する側がお金をしっかりと稼げるような仕組みが完全には確立されていません。 これにはお金の流れや、仕組み自体を変える必要があるのかもしれませんし、我々の地位や価値を上げていく試みが必要なのかもしれません。そういう意味で今回のような試み自体は否定するべきではないと思います。
ですが、その一方で「このライセンス制度は誰が望んでいるものか」そして「誰のためのものか」を考える必要があると思います。この制度で本当にプレイヤーはハッピーになれるのでしょうか。それとも「制度を作りたい・作ろうとしている側の人たちが一方的に何か得をするような仕組み」なのでしょうか。 もし、この制度が「ゲームそのもの」よりも「自分たちの私欲や利権を重視」する方々によってつくられるものであるならば。仮に、プレイヤーの明るい未来をうたいつつ、その一方で実際はコミュニティやプレイヤーの声を聴かずに、それらを欺くものであったならば。自らがそういった大人たちの闘争や政治の道具として一方的に消費されてしまわないように戦う覚悟が、今の自分にはあります。
自分は常にコミュニティの声に耳を傾けるべきだと考えますし、また世界中のゲームのコミュニティに「プロゲーマーにさせてもらっている」自分としては、彼ら彼女らに不誠実でないように最大限配慮をするべきだと考えます。 ライセンスは、プレイヤーとそれを支持し、支えてくれる全ての存在のためにあるべきだと考えますし、それらを最大限に重視する話し合いの先に定められるべきものであると考えます。
― プロゲーマーとは ―
自分で「まだ定義について答えは出ていない」と書きましたが、現時点ではVIKという方式(お金のスポンサード無、物品の提供のみ)だけでも「プロゲーマー」と呼ばれる方々もいますし、時代の流れでプロゲーマーの定義は変わってきていると感じています。自分は今回のプロライセンス制度もその1つのように感じています。
国内においてプロライセンスを持っていないと「プロゲーマー」ではないのか? 持ってさえいればプロゲーマーなのか?
皆さんはどう思われますでしょうか。そしてどういう未来をイメージされますでしょうか。ライセンスは持っているけど、ごく一部のプレイヤーしか「専業」のプロとして食べていけない可能性があるかもしれません。 更には「プロゲーマー」であること自体はゲームとの付き合い方の一つの形でしかないという考えもあります。そして自分がいまプレイしているストリートファイターVにおいても、プロゲーマーではないけれど、プロと同等の腕前を持つプレイヤーもいます。そう考えると「曖昧な境界線に線を引く」という意味でこの制度は役割を果たす可能性はありますが、それによりハッピーになる人がどの程度いるのかという部分においては現時点で「賞金付きの大会」が一体どの程度の頻度・金額・規模感で行われるのかすら不明瞭なため、なんともいえない部分があります。
― プロゲーマーの役割 ―
話は変わりますが、自分達は色々模索しながら活動をしています。その中の一つで私のパートナーである女性プロゲーマーのチョコの存在はプロゲーマーの定義を考える上で重要だと考えています。 チョコは世界ランキングで上位に名を連ねるようなプレイヤーではありません。彼女のやってきた役割は、格闘ゲーム以外のゲームタイトルでも広報活動をし、ゲームコミュニティ全体の活性化、メディア、イベント出演などを通してゲーム業界の外の世界への発信を行う広報的な活動が主です。自分はそれも現在のプロゲーマーの1つの形だと思っています。 試合に勝つ、結果として世界タイトルを獲る、賞金で食べて生活をする…ただただ強い存在こそがプロゲーマーなのではなく、自分たちの役割や生きている世界の可能性を広げようとする行動、それにより対価を頂き生活をすることも立派なプロゲーマーなのではないでしょうか。
― 忍ismについて ―
自分達は忍ismという法人を立ち上げてイベント運営や後進の育成などもしています。 これはもちろん自分達が個人的にやりたい事でもあるのですが「プロゲーマー」としての活動でもあると考えています。 ですが、これらは本来「プロゲーマー」に求められるものではないのかもしれないと考えることもあります。ある方から見れば、自分はもっとゲームそのものに集中するべきかもしれないですし、またある方から見れば「そもそも現役のプロゲーマーが法人や後進の育成をするべきではない」という意見もあると思います。
ですが、自分としましては、色々な形の「プロゲーマー」がいていいと思っていますし、実際自分達もその「いろいろな形」の1つを体現していると思います。しかし反面それは業界が成熟していない裏返しでもあるといえます。
ゲームを知らない方々がプロゲーマーと聞くと「強さ、実績」の部分が「プロ」のイメージとして大きいと思います。それこそ、賞金獲得額が〇〇万円という部分に興味を持たれる事が多いです。 細かく言えば自分含めプロゲーマーは人気商売の側面もありますので、人気、個性、カリスマ性なども必要なのかもしれません。 ですがこれらの要素につきましても、自分自身は「賞金のため」という思いが「目の前の相手に勝ちたい」という思いを上回ったことは人生で一度もありません。世界大会で優勝できた時でさえ、ただひたすら「その瞬間の一番」を求めて必死に戦い続けました。
こうした考えはもしかすると日本人プレイヤー特有のものなのかもしれませんが、そうだとしても自分自身はこれからも変わらずそういう思いでプロとして良い試合を、見ていただいている方々に恥ずかしくない試合をしていきたいと思っています。
今後、日本においても業界が、市場が成熟していけば強さ、実績がないプレイヤーは淘汰されるのかもしれませんし、そうならないかもしれません。ただこのことについては、自分はどちらでもいいと思っています。自分は今この瞬間の自分の役割をまっとうしたい、という思いで常に試合に臨みます。 だからこそ、みなさんにあらためてお伝えしたいのは。
「プロゲーマーになることがゴールではない」
ということです。結局、大事なのはプロゲーマーに「なってから」です。先ほども申し上げたとおり、ゲームとの付き合い方はプレイヤー1人1人違います。その中で「プロゲーマー」たる役割を担う人は「プロとして自分が何を成したいか。」が明確である必要があると考えます。そしてそれは何よりも大切なことです。 世界で一番になる。ゲームに関わって「食べていく」という生活を実現したい。目立ちたい。いろいろあると思いますし、いろいろあってよいと思います。そのうえで、自分を応援してくださる方々、自分のプロとしての仕事の対価をくださる方々、活動を支援してくださる方々、全ての方々にお応えしつつ、良い試合をすること。そして、できる限り前を向いて発言をすること、立ち居振る舞いに気を使い、そのうえで変にコミュニティと垣根をつくらず、寄り添い、その声に耳を傾けること。対戦相手には常に敬意を払うこと。書いていくときりがありませんが、こうしたことも含め、これらの自分たちの思いや、今までの歴史、そしてこれからが「ライセンス制度」というものに集約しきれるかというと、決してそうではないという思いが今の自分にはあります。
― まとめ ―
普段、あまり長い文章を書かないので、まとめるまでに数日かかってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。私はライセンス制度の全てを否定はしませんが、結論としてはやはり「自身の信じた道と、コミュニティと共に歩んでいく」ということで思いが固まっています。
ライセンス制度に対しては、プロの定義を決めていただき、シーンを盛り上げてくださる点は賛成・歓迎。ただそこにゲームに対する愛情やビジョン、プレイヤーやコミュニティに対してのリスペクトが見えないと、やはりゲームに人生をかけてきた自分(プロゲーマーだけではない1個人の百地祐輔)としては無視できません。
もしこの先何かをキッカケに本制度と接点ができ、御協力する場面が出てきた場合は、自身が納得した上でその判断をしたいと思います。とにかく、今の自分といたしましては「大きな流れになんとなく流される形」では行動したくありません。
賞金付の大会の話ばかりが取り上げられますが、それ以前に根本にある問題として、日本国内において制度を設計したり、整備する側の方々の議論の中で、どこか「プレイヤー」や「コミュニティ」についての議論が抜け落ちているのではないかと思うことがあります。だからといってどちらか片方だけでは「日本のesportsは発展しない」ということはこの業界の今の現状がそれを証明しています。双方が歩み寄り、よりよい未来につながることを私は願っています。
百地 祐輔